ホトトギス初認
今日は晴天、とても暖かな日だ。
午前中は、大田市小学校連合運動会を見に行った。次男は、出場した1000mで見事優勝した。
先週日焼けして散々な目に遭ったので、今日はそれだけで退散した。
帰宅して、昼食を食べて、パセリのブラッシングをしていたとき、向こうの山から「てっぺんかけたか」という声が・・・
ホトトギスだ!夏鳥のホトトギスがやってきた・・・これから徐々に夏にむけて暖かくなることだろう。
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今日は晴天、とても暖かな日だ。
午前中は、大田市小学校連合運動会を見に行った。次男は、出場した1000mで見事優勝した。
先週日焼けして散々な目に遭ったので、今日はそれだけで退散した。
帰宅して、昼食を食べて、パセリのブラッシングをしていたとき、向こうの山から「てっぺんかけたか」という声が・・・
ホトトギスだ!夏鳥のホトトギスがやってきた・・・これから徐々に夏にむけて暖かくなることだろう。
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中国・四川大地震では、多くの尊い命が失われている。そして、今もがれきの山の下には、多くの人が救いを求めて頑張っているはずである。
日本政府の国際緊急援助隊第1陣の31人も、中国成都に到着したようだ。一刻も早い救助が待たれるところである。
連日報道されるニュースでは、救助隊が懸命になって活動を行っている様子が映っている。あの場面だけをみれば、救助は進んでいるように思われがちだが、実際は広い中国のこと、また救助システムが日本のように先進的ではないこと、通信手段、交通手段が遮断されていることからみると、おそらく救助は絶対的に不足しているのではないかと思われる。
当初の報道では、軍隊1万人を動員して救助にあたるということだったが、初動にしてはあまりにも甘すぎる対応であるように思う。200万人ともいわれる人民科解放軍があるのだから、もっと大量投入しなければならなかっただろう。
地震の被害者の救命率は、発生から72時間で急激に減少するとの報道もあった。
現地で懸命に救助をしている人々は、なんとか多くの命を救いたいと思い、活動しているのだが、中央政府は人命を軽視しているように思われて仕方がない。
おそらく発生段階で、軍事衛星などで地上を確認すれば、どんなひどい状況であるか、一目瞭然であろう、だからこそ、中国政府は、もっと迅速かつ大胆な救助活動と外国からの人的支援要請を受け入れるべきであった。
チベット問題、食品への農薬混入問題、公害問題ともリンクして考えると、中国中央政府は面子を保つことに腐心しているだけのような気がする。
このままいけば、オリンピック以前に、内政問題が噴出してくることは必然のことと思われる。
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今日は、請われて石見銀山ガイドをしてきました。案内したのは2名、目的は仙の山の対面にある要害山(山吹城跡)に登ることでした。
天気はあいにくの曇り空、ときおり小雨がちらついていましたが、ちょうどよい肌寒さで、歩いても登山しても、ほとんど汗はかきませんでした。
午前10時半 石見銀山・銀山公園駐車場に車を停め、そこからおよそ2kmの道のりを歩いて要害山まで向かいます。(歩く観光)
大安寺跡(大久保石見守長安の逆修墓がある)、下河原吹屋跡、西本寺(山吹城の山門といわれている門がある)、豊栄神社(毛利元就が祀られていた)、龍昌寺跡、安養寺(鏝絵がある)、清水寺(せいすいじ)(もともと仙の山石銀地区にあったといいわれている)をめぐった後、登山口に到着しました。
要害山(標高414m)は、石見銀山の本格的開発を1526年に神屋寿禎が始めてから、戦国時代の武将たち(大内氏、小笠原氏、尼子氏、毛利氏)が、石見銀山の領有をめぐって幾度となく戦をおこなった場所です。
登り口には、休役所跡があります。その後は急峻な山肌を一気にのぼる道が続き、けっこうきつい登山となりますが、ほんの50分ほどで山頂に行くことができます。(体力のあるなしによりますが・・・)
→所要時間(石見銀山ガイドの会)
山頂には、いまでも山城の拠点となった山吹城跡の石垣や郭、お濠の跡が残っており、かなりの大きさの城郭だったことが想像されます。
本来ならば、山頂からは360度のパノラマが広がり、日本海や三瓶山などが見えるのですが、今日は雨と霧のため遠くまでかすんで、残念ながら絶景とはいきませんでしたが、仙の山が石銀地区の枯れ松とともに隣に圧倒的な存在感を見せており、大森の町並みも見ることができました。
それよりなにより、新緑があふれんばかりに輝いている山々の清々しさを感じることができたのは、とても気持ちのよいものでした。
我々が登ったときは、どこかのカメラクルーが先客でおられました。
さて、下山は別ルートを通り、龍源寺間歩の近くに降りました。あいにくの天気にもかかわらず、今日も多くの観光客が龍源寺間歩目指して歩いてこられていました。
帰りは、宗岡佐渡や吉岡出雲などの地役人の墓を見たり、福神山間歩、新切間歩を横目に、極楽寺、蔵泉寺口番所跡を通って帰りました。
なぜだか、途中、民家の裏庭でアナグマが地中に顔を押しつけて何かを探している姿を見つけました。![]()
このコースには、めぼしい施設とかはありませんが、戦国時代の石見銀山を想像するに十分な山行となりました。
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2008三瓶高原クロスカントリー大会
募集が始まりました。→2008三瓶高原クロスカントリー大会![]()
今年も、うちの長男と次男が走ります。起伏に富んだ走りごたえのあるコースですが、高原の自然あふれる風を浴びながら、気持ち良く走れます。
走り終わっての、三瓶温泉での入浴も最高です!![]()
石見銀山遺跡から、車でおよそ1時間の三瓶山にぜひお越しください!
私?・・・力一杯応援します!![]()
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今日は、地域づくり(まちづくり)についての研究会に参加した。いままでは、大田YEGでの活動ばかりだったので、組織を超えた会に参加するのは、とても新鮮だった。
地域づくりについて、真剣に議論し、情報や意見を交わしている会は、YEGやJCだけではないということを知って、とても興味をもった。そして、そんなこととっくに気づいていろよと自分で自分につっこみをいれてしまった。(笑)
力のない私には何もできないけれど、こういうところでの情報は、後輩たちにも教えてあげることが私にできる精一杯の義務なのかもしれないと思った。
ちなみに、石見銀山のGWの入り込み客は、昨年7月に世界遺産登録される前もすごかったが、それをはるかに上回る数だったそうだ・・・昨年比100%増ってところ。
そして、漫画、テレビドラマ、映画で話題の「砂時計」の舞台となった仁摩サンドミュージアムは、これまた昨年をはるかに上回り、GWだけでr、昨年よりも6000人増のおよそ25000人が入館したそうだ・・・![]()
この世界遺産効果と砂時計効果が、いつまで続くのだろうか?それまでに、我々は、地域で何をすべきなのか?真剣に考えないとね!
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0から1を生み出す地頭力。
まったくの素人から、田舎ツーリズムを実現しようと集まった仲間達は、今まさにこの地頭力が試されている。
今日も、会議で集まった仲間達は、新しく発生した課題に対して、真面目に取り組んでいた。
大田市にしかない魅力を、大田市でしかできないおもてなしによって伝えたい!
そのために、何をすればよいか?何を考えるべきなのか?
まずは、大田市の魅力とは?という問いかけに、それぞれが応えられなければならない。そして、自分達が気づいてない大田市の魅力がありはしないか?再発見する努力を試みていかなければならない。
田舎ツーリズムを行うにあたって、まず自分自身が成長しなければならないのだろう。
例えば、三瓶山の魅力に私はどれだけ気づいているのだろうか?まだまだ知らない三瓶山の魅力があるに違いない。もっともっと、そういうことを調べていかなければならない。
でも、魅力ってなんだろうね?誰にでも感じてもらえる魅力?東京にあふれている魅力?自然から感じ取られる魅力?
どんな人たちに、どんな魅力を届けるのか?
いちがいに魅力といっても、世の中の万事万物にはなにがしか魅力があるといってもいいかもしれない。それを切り取る視点、受け取る視点・・・けっこう難しいね。
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ああ~顔がひりひりする~!![]()
今日は、肌寒さが残る天気のなか、大田陸上競技大会が開催されました。
うちは、長男と次男が参戦、一日応援していたら、案の定日焼けで顔がまっかっかになってしまいました。
長男は、中学400mと800m、4×100mRに参加、だいたいに参加人数が少ないので、入賞間違いなしという大会なのですが、400mが56秒、800mが2分14秒で、さらにリレーとの3種目とも運良く優勝と相成りました。
しかし、タイムがいまいちです。次の大会までに、さらなるスタミナアップが求められるところです。
次男は、小学100m、1000m、4×100mRに参加し、100mは15秒ちょっとで5位、1000mは3分26秒で優勝、リレーは3位でした。
本命の1000mでは、ライバルのK君との対決があり、予想通り次男がトップでK君が後ろについてくる展開でしたが、早めのラストスパートで逃げ切り優勝、本人も嬉しそうでした。
今年は、島根県陸協の強化選手に選ばれているので、負けられない試合でした。
今週はまだ大会があるので、頑張ってくれることを願っていますが、親としては今日でもうばてばてです。(笑)
帰宅してジョグしましたが、体重80kgではなんともしようがない。
情けなかとです。
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石見銀山遺跡は、中世の間歩(坑道)が良好な状態で残っていることが、特徴のひとつといえます。
ヨーロッパや南米の鉱山遺跡は、近代まで採掘されてきたため、それ以前の採掘跡というのが、ほとんど見られないと聞いたことがあります。
石見銀山遺跡は、本格的な採掘が戦国時代(1526年~)から江戸時代中期頃までであったため、手掘り(ノミによる採掘)の間歩が数多く残っています。
ただし明治以降、休山となった大正12年までは、近代工法(発破、削岩機)によって掘られた間歩もあります。
現在、観光客が入ることのできる間歩は、龍源寺間歩と大久保間歩です。龍源寺間歩は人一人少しかがむようにして歩くことができる間歩ですが、大久保間歩は、石見銀山の中でも最大級の間歩で、高いところではおよそ7m程度の大きさがあります。
龍源寺間歩は、手掘りの跡が残っています。それに対して、大久保間歩は、近代になっても掘られた間歩なので、手掘りの跡と発破や削岩機を使用した跡の双方が残っています。
その他の間歩は、危険なので入ることはできません。
間歩は、現在調査して分かっているものだけでおよそ600ほどあるそうです。鉱山である仙の山(せんのやま)は、今でも竹やぶや土砂に覆われているので、実際にはもっとたくさんの間歩があると思われます。
先日、外からしかのぞけない間歩の内部を撮影しました。中はノミできれいに掘られ、奥へはまっすぐではなく、途中折れながら掘られていました。
間歩は、大きさがだいたい決まっていて、縦横2尺3寸~2尺4寸(60×90cm~60×120cm)だそうです。大人がしゃがんでやっと入る大きさです。それを、1日5交代で30cmづつ掘っていったとのことです。
堀子(ほりこ)は、藁を編んだ敷物を尻に敷いて、腰掛けてノミで掘っていったのでしょう。灯りは、サザエのからに油をいれて芯に火をともしたものだということですから、ほとんどまっくらな状態です。削りくずが顔に飛んできたり、粉じんを吸ったり、奥へいくほど空気が悪くなったり、過酷な作業だったに違いありません。
そんなことを考えながら、間歩を覗いてみてはいかがでしょう?
※石見銀山遺跡は、正式名称を「石見銀山遺跡とその文化的景観」といいます。
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やじろうべいが壊れたら、直すのは本当にやっかいだ
仮に片手が折れたとしよう
一方の手を継ぎ足すが、いったん曲がってしまうと、もう一方とそう簡単にはつり合わないものだ
仮に重りが欠けたとしよう
一方の重りを調整したとしても、もう一方の重りにも調整をかけないと、なかなか釣り合わないだろう
さらには、一方に傾きかけたと思うと、すぐに反動でもう一方に傾いて、倒れてしまう
やっとうまく釣り合ったかと、じっと見つめると、微妙に傾いていたりする
仮に支点が折れたとしよう
支点を直すのは本当にやっかいだ、すぐにふにゃっと倒れてしまうに違いない
釣り合いをとるのは、なかなか難しい
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