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今年もいろいろありました。
・食品の産地偽装によって、儲かることに手を染める業者の多いこと。消費者は騙されてばかりですが、産地や製造工程をチェックしない消費者も悪い。生産者と消費者の距離は、もはや離れすぎた。
・エコブーム到来に明らかに振り回されています。エコビジネスもたくさんありますが、要は温暖化は現代文明のせいだと決めつけて、その解決のために多くの二酸化炭素を排出し、エネルギーを浪費している現状があります。一方で、環境のためと訴えながら、他方で自動車に乗り、現代文明のお世話になっている人たちは、明らかに環境ビジネスでもうけようとしています。
・放り投げ総理と権力にしがみついている与党の醜態。どんなに景気第一、国民生活第一と言おうとも、国民の目線に降りなければ、その施策は票取りにしか見えない。麻生総理は、首相の座にしがみつくための戦略的政治活動にいそしむばかり。
・戦後をもう一度きちんと見直す必要がある。戦争というものに対する日本人の本質に迫る議論と結論を見出すオピニオンリーダーに、日本国の歴史認識と戦後の総決算のための結論を導き出してほしい。
・労働行政の醜態、非正規雇用者を生み出す法律施策を打ち出しておいて、分が悪くなったら、助成金でごまかすような行政はいらない。所詮、公務員は法律と税金で守られているのだ。日本的雇用システムをあらためて、見直すべきである。
・金融工学の限界は見えた。資本主義の醜態も分かった。利益再分配の原理は崩壊しつつある。グローバルな意味での利益再分配、公平な生活水準のためのルールづくりこそ、これからの世界に必要な仕組みだ。
・人間本来の生き方に価値を見出す。生きることとは、衣食住足りて十分なのである。それ以上の欲望を満たそうとするから、経済学はいまだに完成しない。生きる喜びの再生産、衣食住の最低限の充実とコミュニケーション(共同体)の再構築こそ、人間の人間たるべき社会形成だと思う。
今年は、苦難の年だった。体も心も、思うように動いてくれない。必死でもがいて、なんとか普通の動きを見せていた。
1日頑張ると、1日動けなくなる。そんな日々を支えてくれた家族や友人には心から感謝したい。
来年こそは、なんとか自分を取り戻したい。そのためには、捨てるべき過去がたくさんあるだろう。
生まれ変われるか?苦難とともに歩み、再生を試みる来年に期待しよう。
昨日、ようやく年賀状をすべて作成し、ポストに投函することができた。
今年の年賀状は、殊のほか多くの枚数を送ることになった。
年賀状は2種類、ひとつは子供たちの成長を知らせる賀状、もうひとつは第27回中国ブロック大会大田大会への案内も兼ねた賀状だ。
知人、大田YEG、県連YEGの皆さんには子供の写真のある賀状を送り、OBになっても今年再会できた喜びと来年の再会を願った。
日本全国にちらばったYEGの友人には、大田市の名所旧跡を紹介し、中国ブロック大会大田大会での再会を願った。
それぞれの賀状には一言コメントを入れ、少しでも自分の思いが伝わるようにと願いをこめた。
今年もたくさんの人達に出会うことができたことに感謝!
経済は悪化の一途をたどっている。非正規雇用者の契約解除、倒産、ホームレスの増加等々、本来あってはならないことが、自己責任という名のもとに簡単に人としての衣食住を奪われていく。
一体いつから日本は、こんな冷たい社会になってしまったのか?
このままいけば、傍観者の側にいる人も、いつどんな状況に陥るか分からない。そんな気持ちで生きていくのは、精神的によくないことだ。
先日、地域の経営者の方が言っていた「我々のような中小企業は、従業員だけではなく、従業員の家族の顔もわかって雇用している。だから、巷で大企業が行っているように簡単に首を切るような真似はできない。」と・・・
地方だから、経営者は頑張っている。しかし、先はわからないような気がする。
みんなが助け合う田舎だからこそ、この難局を乗り切ってほしいと思う。
まずは、みんなが希望を見出せるような行動をできないものか?考えてみたい。
わが大田市には、学習施設として、三瓶自然館サヒメル、石見銀山世界遺産センター、石見銀山資料館、サンドミュージアムがある。(私見ではあるが・・・)
市内小中学校は、これらの施設を活用した地域研修を積極的に活用してほしい。
どの施設も、大田市の自然や歴史を十分に理解するために、必要不可欠な存であり、それららを有効に機能させるには、地元の子供たちの学習理解が不可欠だからだ。
現場だからこそ、分かること、興味がわくこと、思い出に残ることがあるはずだ。
どの施設も、それぞれに頑張っているのに、地元の小中学校が活用してくれないというジレンマをもっている。
子どもたちが、市外にでることになっても、地域のことを誇りに思い、伝えることのできる教養を与えることは、重要な学習のひとつである。
大田市の自然も歴史も、子どもたちのみならず、大人も多くは知らないだろう。みんなで努力をして、地域を誇りに思うためにも、地域を具体的に言葉にできるほどに知識を身につけてもらいたいと思う。
ある会での意見交換にて
アメリカ発の金融危機に端を発した世界的な景気後退は、日本にも飛び火して、日本経済は大変な状況にある。
大田市においても、誘致企業の雇用状況に早くも影響が出ようとしている。
大田市の産業といっても、第一次産業は就業人口の減少や高齢化が進み、第二次産業は、窯業を含め、誘致企業もどうなるかどうかわからない状況であり、第三次産業は消費の伸び悩みに苦戦している。
そんななか、唯一光り輝いているのが「世界遺産 石見銀山遺跡」に代表される観光産業になるはずなのであるが、今日は観光バスが1台も来ない状況、冬場の観光客離れは昨年同様予想されたことではあるのだ。
また、世界遺産となった地は、登録後3年立てば、概ね観光客の入り込み数はなだらかな減少か現状維持となるという。
石見銀山遺跡は産業遺跡である。見た目派手さはなく、何も知らない状態で来てしまうと、どこが世界遺産としての価値をもっているのか、全くわからない。
世界遺産センターのガイダンス棟が10月にオープンし、少しはその価値もわかってもらう仕組みも整いつつあるが、それがすべてではないだろう。
大田市観光協会は、石見銀山観光への対応で手一杯の状態で、本来の目的であるはずの、大田市全般を網羅した観光対策に取り組むことができない。
大田市の観光といえば、石見銀山はもちろんのこと、三瓶山(三瓶温泉)、温泉津温泉、日本海の景観と豊かな海の幸など、広範囲に様々な観光資源がある。
これらを包含した観光プロジェクトなしでは、せっかくの世界遺産も地域に大きな経済効果をもたらすこともできない。これからは、リピーターをいかに増やすかが、この地に観光産業が根付くための重要な要素となる。
観光に対する豊富な知識と経験をもち、都会のニーズを正確につかんでいて、大田市の観光を組み立てるスキルをもった人材を観光プロディーサーに迎えることが急務である。
都会と田舎をつなぐためのシステムを構築するスキル、大田市の豊富な観光資源をもって、観光プロジェクトを組み立て、ビジネスモデルを作り出すことが、大田市にとって重要なプロジェクトとなるであろう。
不景気だからとはいえ、必ず突破口はある。その一つが観光プロデューサーの招聘と活用であるのではないか。
ちまたでは、アメリカ経済の金融破綻が、グローバル経済を通じて、全世界に波及し、実体経済も100年に1度の不景気を経験することになると、喧伝しているようだ。
確かに、金融危機は全世界に蔓延し、消費は冷え込み、製造業の落ち込みや、失業者の増大、派遣労働者の解雇など、さまざまな問題が一気に噴き出している。
しかし、各企業はつい最近まで堅調な経営を行ってきたのではないのか?今まで蓄積してきた利益は消えてしまうはずはないだろうに?
今こそ、派遣契約の中途解除などせず、企業が雇用を確保する努力をするべきだ。
いいときだけいい顔をする人間は信用されないように、企業も信用されなくなることを肝に銘ずるべきなのだ。
さて、円高がますます進んでいる状態がある。輸出企業は、消費マインドの冷え込みによって、売り上げ予測を大幅に下方修正し、その結果在庫減らしのため、製造ラインの一時休止等おこなっている。
円高がそれほど悪いものなのか?太刀打ちできない代物なのか?そうではないだろう、円高により、原材料や光熱費は大幅に抑制されるはずだ、今製造されるものは大幅なコスト安でつくることができるはずである。
そこに、派遣社員の休業補償や寮費の補助をまかなえる余地があるのではないだろうか?
経営者は、大きな目で、日本的経営をつくりあげるべきだと、私は思う。
第17回浜田-益田間駅伝競走大会(しおかぜ駅伝)が、平成20年12月14日(日)に開催されました。
→第17回浜田-益田間駅伝競走大会の結果はこちらから(浜田市陸上競技協会)
大田チーム(旧大田市)は、総合8位となり、昨年の6位から順位を下げてしまいましたが、小林選手が区間賞を獲得するなど、個々の選手は最後まであきらめず、たすきつなぎました。
うちの長男は、私が口を酸っぱくして練習するようにいっていたにもかかわらず、のんきにしていたせいで散々な成績でした。
こんかいの経験を契機にして、少しはスポーツでも勉強でも、本気になって継続することがどれだけ大切か気がつけばいいのですが・・・
石見織人「こむしこむさ」は、今月にはいって役員会を開催しました。
ここ最近行った「縁結びツアーwithこむしこむさ」、「おおだ市流田舎ツーリズムモニターツアー参加者へのDVDほかの発送」、「大田市田舎ツーリズム実践団体意見交換会」の報告と、次回活動の意見交換が主な議題でした。
また、内容が煮詰まり次第、ブログでも報告したいと思います。
いつも思うのですが、こむしこむさのメンバーは、誰もが主体性をもって、自分のできることを考え、行動してくれます。心強いばかりです。
今回も、新しくコラボレーションしてくれる方をゲストにお呼びして、活発な議論ができました。
昨日は、次男が熱があるということで小学校より早退し、「すわっインフルエンザか?」と家族一同心配したが、今日の検査で陰性とうことで、なんとか沈静化した。インフルエンザの予防接種をしていたので、これでインフルエンザってことになれば、どうしようと思っていた・・・
先週は、雪がふる寒さだったのにもかかわらず、次男はばたばたしていたので、風邪をひいたのだろう。
先週、自宅を水道管をなおしてもらったが、何しろ借家だし、水道の場所も古いのでわかならいということで往生した。なんとかなおしてもらったが、請求が怖い。
今週は、床がたわんできたので直すことになっているが、なにしろ部屋が本だらけなので、その本やパソコンを移動するのが大変・・・人間何ももたないほうが幸せだとつくずく思う。
明日は病院、車を運転するのもおっくうだが、仕方がない。途中とまりともりでなんとか着くだろう。何も変わらない病状を説明するのは辛い。
本日は、ときおり雪のちらつく天候にもかかわらず、米子YEGの漆原会長ほか6名のメンバーの皆さんが、石見銀山にお越しになられました。
観光シーズンもすぎ、駐車場は空きスペースが多く見られます。風も冷たく、水道の蛇口につららが垂れ下がっているほどの寒さでした。
米子YEGの皆さんには、オープンしたての世界遺産センターの展示等にて石見銀山遺跡の歴史や全容を見てもらいました。
その後、大森の町並みの入り口付近を見学されました。
午後1時からの昼食会では、幸増専務とともに、石見銀山の感想や質疑、お互いの地域の情報やYEG活動について語り合いました。幸増専務からは、来年の中国ブロック大会大田大会のPRがあり、米子YEGから多くの皆さんに来ていただくようお願いしたところ、漆原会長より大勢で参加するとの太鼓判をいただきました。(笑)
もっと、時間があれば、いろいろ見ることができたのですが、現地視察は、中国ブロック大会大田大会でしっかりとしていただければとお互いに約束しました。
米子YEGの皆さん、どうもありがとうございました。
なぜ労働者派遣法が成立したのか、今になって派遣法の制度の不備が明らかになっている。つまり、労働者の権利はカヤの外で、いわば使い捨ての対象として、企業の業績に応じた使いやすい労働力という位置づけである。
派遣社員を正社員にすると100万円を支給するという与党案もあるようだが、それこそ天下り先を確保し、派遣法を不備を覆い隠そうとする官僚のいいなりであり。
今まで労働行政が行ってきているのは、労働時間の変形性にしても、定年制の延長にしても、介護・育児休業にしても、結局は景気の浮き沈みを無視したいいとこどりの政策である。
そこに、異を唱え、踏み込んで制度の内容を精査することを、政治家は怠ってきた。
そのツケがいま、労働者に突きつけられている。
そこで思うのが、社会保険労務士の無力な存在である、厚生労働省の研修のもとに、政策の良し悪しに関係なく、意のままに動いている彼らには、社会に対して果たす役割をあえて放棄しているとしか見えないのである。
労働行政は、本来労働者の健康で最低限の生活を維持するものでなければならない。しかし、社会保険労務士は経営者から受託料をもらっている以上、労働者目線でものごとを考えることはしない。講演の目的も、経営者にとってメリットがあるのはこうだ!という短絡的発想でしかない。
自ら考えて、本来あるべき経営者と労働者の関係改善を推進していくには、あくまで中立に自らの義務と権利を行使していくべきなのである。
この国の労働行政は明らかにおかしくなっている。
平成20年11月30日(日)14:00~16:30 あすてらす大ホールにおいて、下記の講演会が社団法人島根県宅地建物取引業協会大田支部・大田市の主催で行われた。
「地域再生の王道は足元から~空家対策と定住促進」 地域再生フォーラム
演題 「農山村の魅力を発揮しよう」-地域で取り組む空家対策-
講師 佐藤彰啓氏 ふるさと情報館代表
空家対策として、ナショナルトラスト運動のほかに、グループホームとしての活用や交流施設としての活用についてお話いただいた。
・所有者の管理責任を明確にすること
・美しい山村風景を維持すること
・管理する受託システムを構築すること
・週末利用を呼びかけること
などの意見もいただいた。
最後に、魅力ある里づくりのために
1、暮らしの在り方を考える
・量より質を求める
・自給自足な暮らしを創る
2、魅力ある地域づくり
・地域の魅力を再発見し、地域に誇りをもつこと
・将来的に、どんな地域にしていくかというビジョンづくりをすること
・旧町村(小学校区)を単位とした「集落」を基本に地域づくりをすること
3、新しい人を迎え入れて
・都会から来る人は、都会のニーズをよく知り、田舎と都会の懸け橋とな りうる。定住する人は、人材となる。
そんなことをお話いただいた。石見織人「こむしこむさ」の活動に活用できる意見もあり、活動を考えるうえでいい勉強になった。
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