今日は、石見織人こむしこむさメンバーの中村君の呼びかけによる「仙の山トレッキング」に参加し、久しぶりに仙の山に行った。
午前10時 世界遺産センター駐車場は、まだ観光客も少ない時期でもあり、車がまばらにとまっていたのですぐあいたスペースを見つけることができた。
参加者は、6名、仙の山をトレッキングするのにはちょうどいい人数だ。
世界遺産センターから車2台で、仙の山の麓にある本谷口駐車場に行く。そこからトレッキングを開始した。すでに、大久保間歩ツアーの一行が先着していた。
天気は薄雲がかかった晴天、風もなく、気温も汗がでない程度で、トレッキングには絶好のコンディションだった。
本谷口番所跡→下金生抗(水抜き抗)→金生抗 とゆっくりと登る。
金生抗で、本谷登山道の整備工事を行っていることを知る。工事車両や資材、そして工事用モノレールが上まで続いている。
大久保間歩→釜屋間歩→安原備中霊所
大久保間歩は、福石鉱床の底部に位置する石見銀山最大規模の坑道である。ここでも整備工事を行っていた。
大久保間歩からは、ほどなく釜屋間歩に到着する。今年の1月は雪が多かったせいか、周囲の竹が軒並み折れ曲がっていた。
釜屋間歩は、初代奉行大久保長安とともに石見銀山にきた山師 安原伝兵衛が発見した間歩で、ここからの運上銀はおよそ3600貫(13.5t)にものぼったと言われ、その功績で安原は、「備中」の称号と「辻ヶ花染丁子文胴服(国指定重要文化財)を拝領した。
この釜屋間歩の岩盤を見ながら、仙の山の成因を教えてもらった。仙の山は下から何回も火山の爆発があり、火山灰や礫が積もってできた火山では日本最大の山であり、そこに地下から上がってきた金属を含んだ熱水が染みこみ、福石鉱床ができたとのこと。
また、釜屋間歩は、岩盤の上方に溝が掘ってあり、それが左下にある岩盤につくられた溜めますに注ぎ込むようになっている。溜めますの底には穴があるがこれは水を抜くための栓で留めてあったのだろうか。
溜めますには蛙の卵が産み付けられていた。
安原備中霊所のある安原谷を登っていくと、本来安原備中の墓にたどり着けるのだが、今日は折れ曲がった竹や、根こそぎ倒れた樹木が行く手をふさいでいたため、登ることは断念した。
本間歩→石銀(いしがね)地区
本間歩にあがる道には、すでに金属製の階段が設置してあり、いままで登りにくかった場所が整備してあった。(本来鬱そうとした自然道だったので、ちょっと違和感を感じなくもない)
中村君は、現在本間歩としてある空洞はその奥がふさがっていることから考えると、これは露頭の福石場のようなものだったのではないかと推測していた。そして、本間歩の隣にあるもう一つの間歩の入り口、そこからは地下の福石場に行くことができるはずで、本来これが本間歩の入り口だったのではないかと考えているということだった。(面白い)
本間歩から石銀地区までには、幾筋もの露頭堀の跡が東西に延びている。以前竹林だった場所の竹が刈ってあり、広い平坦地があった。
石銀地区に到着、ここまでゆっくり2時間かけた。
石銀地区は、中央の山の一部の竹が刈り取られ、そのチップが敷き詰められていた。ここで、昼食をとる。本当に穏やかな天気で、汗もかかず、とても気持ちがよい。ここに天空の都市が存在していたのだと思うと、いつもわくわくしてくる。
石銀(いしがね)地区→仙の山山頂(537m)
石銀地区から、こんどは仙の山山頂を目指して歩く。ここは、以前次男と竹刈りのボランティアに参加したが、まだ竹を切ってできた道がなんとか確認でき、上がることができた。
山頂までの道沿いは、段差のある人工的な平坦地があるが、それがなんなのか分からない。もしかすると、なんらかの意図のある建築がなされているのかもしれない。
山頂は笹が覆っている。樹木がたくさんあり、ここでは竹は見られなかった。
仙の山山頂→石銀地区→出土谷(だしつじだに)→佐毘売山(さひめやま)神社
石銀地区から佐毘売山神社まではひたすら降りるのみ、さして珍しい遺跡はないが、途中石銀地区の井戸と池をみることができ、また久手方面の日本海や、大森の町並み、山吹城、矢滝城、馬路高山などを見ることができる。
佐毘売山神社で休憩し、今度は遊歩道を銀山公園にむけて歩く。龍源寺間歩からの道は、途中落石防止工事のため、遊歩道のほうに迂回するようになっているが、我々は遊歩道をまっすぐ歩きながら、清水寺やちょうど梅の花で彩られた清水谷製錬所跡を見ながら、銀山公園に到着した。
3月最初の土曜日とあって、観光客も冬場より増えており、観光バスも何台かとまっていた。若い人の姿が目だつ。
さらに、歩いて午後4時半世界遺産センターに到着して、今回のトレッキングは終了した。
所要時間は、休憩や昼食も含めて6時間半。久しぶりに気持ちの良いトレッキングができ、大変満足した。
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