養老孟司氏 講演「ほんとうの環境問題」
平成21年10月25日(日)15:30~16:30 三瓶自然館サヒメル
エコフェスタ2009 講演会
「地球温暖化から見るほんとうの環境問題」 講師 養老孟司氏
ほんとうの環境問題とは、われわれが頭で考えて予想できることが当たり前だと信じている現代日本の現状のなかにある。そして、その日本社会は相当問題な時期にきている。
養老氏は以前三瓶山に来たことがあった。子供達に虫捕りのレクチャーをした後、三瓶の山すそにある自然道に放りだしたことがあった。そのとき、20分して見に行くと、子供達は道の真ん中にいた。誰も道を外れて自然の中に入っていこうとしていなかったのだ。これは、日頃から親が子どもに「道を外れたらいけない」と心配して注意をした結果である。
近代生活で人はおかしくなっている。
現代に生きる我々は、頭で考えたことを当たり前だというふうに受け入れてしまう。
その結果、頭で考えて予想できることしか認めなくなり、「やってみなければ分からない」ことに対して、現代社会の組織は受け入れることができなくなっている。実際、社会や組織で、「やってみなければ分からない」ことを認めてもらえるはずもないのだ。
つまり都会とは、そうした頭で考えた意識が造った世界であり、そうした世界ではトラブルがあれば責任をとらなければならない構造になっている。
しかし、自然においては、トラブルは当たり前である。例えば一次産業においては、農作物の豊作は干ばつや冷害、水産物の漁獲など予期はできないといってもいい。自然の有様は、予想できない「分からないもの」なのだ。そこでは責任などとることはできないものが多くを占める。
我々は、意識が造った世界のなかで環境問題を語っているが、環境というものをこういう考え方で捉えている限り、どこまでいっても出口はないのだ。
環境問題の「ほんとうの問題」は、こうした我々の考え方なのである。
環境とは、実は身体である。自分の身体こそが環境なのである。
身体の中には細菌がたくさんいる、ガン細胞も通常の人でも1日5000個は発生しているという説もあるが、そのほとんどが免疫システムによって排除されており、そこから漏れたものがガンになるのである。
また、現代では太っている人をメタボと称して病気扱いにしているが、実は太っていることは、本来食べ物が不足している時代を生き残るために必要なことであった。
自分の身体の範囲というものを考えたとき、誰もがどこまでを自分の身体の範囲だと認識するだろうか。
案外自分の身体の範囲は分からないものである。それは自分の来ている服であったり、愛用している車であったり、自分の目に映るものすべてであったりするかもしれない。
自分の友人のジル・ボルト・テイラー(「奇跡の脳」の著者)は連合野が壊れたとき、自分が水になり、世界、宇宙と一体化した感覚をもったという。
自分の身体が環境であることを理解するには、自分の身体を動かし、田舎で一次産業に従事することによって、自然のなかで分かるという感覚をもってほしい。
そして、そのことこそが人びとの考え方を変え、生き方を変える。
都会から田舎へきてもらい、3ヶ月程度一次産業に従事してもいいのではないか、というのが養老さんの提案であった。
そのためには都会の大会社や霞ヶ関の役人たちが、交替で田舎へ行けばいい。田舎はそのために人を受け入れればよい。(平成の参勤交代)
そうして、人びとは考え方や生き方をあらため、健康になってまた都会にもどっていくだろう。そこではじめて環境問題を考えればよい。
人は、自分が生きていることと結びつかないと本気にならないのだ。
また、人が移動すれば内需拡大につながる。都会で大地震があれば、田舎が受け入れる。都会の人達のために帰る場所をつくってやるということもいいではないか。
養老さんの講演は楽しいものだった。





















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